カテゴリー : グッドマン20周年公演

20周年企画<CLUB GOODMAN 1st ANNIV.>

今年でめでたく20周年を迎えるグッドマンですが、
これもひとえに皆様のおかげでございます。

色々なバンド、お客様、関係者とこれまで楽しくやってこれた事がもう奇跡みたいなもんです。
今後とも頑張っていきますので、一つこれからもご愛顧のほどお願いいたします。

さて、折角の20周年ということですから、いつもはあまりやらないのですが、
ちょっとこれまでの振り返りみたいなことをやれたらと思います。

ちょうど、周年ポスターの在庫が見つかりまして(ほとんど元スタッフの小松さんからいただいたのですがww)、
これを懐かしく見ながら一言といった感じで、しばらくやれたらなと。
先に言っておきますと残念ながら、13周年のみありませんでした。
ちゃんととっておきなさいよって話なのですがスミマセン・・。

一回目ですが、一周年のポスターです。そりゃそうだ。
時は1997年なのかな・・・。自分が専門学校を3月に卒業して、グッドマンにバイトで入ってすぐのことだったと思います。
ちなみに、当時からいるのは僕と勇さんだけになりました・・。
当時は店長:佐藤さん ブッキング:ハマさん 受付:小松さん PA:タカさん 照明:浪さん バー:オーエさん/遠藤さん
アシで、僕とアミちゃんだったような。

内容をみてみると、やはり1周年ということで、当時ブッキングのハマさん色が色濃く出ていますねww
「高田渡」さんに出て頂いたのか~。もっとしっかり見ておくんだった。
「イールショック」は既にでているんですね。すごいな。
「Rosalind」もここから長くお世話になっていくわけですが(最近、めっきりご無沙汰で申し訳ないのですが・・。)

こんな感じで一言で不定期にあげていきます。
お暇あれば見てくださいね!!

店長 池尾

20周年企画<CLUB GOODMAN 2nd ANNIV.>

20周年企画<CLUB GOODMAN 2nd ANNIV.>
ポスターシリーズ第二弾!!今回は初代店長「佐藤」さんよりコメントいただいております~!!

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20年という月日。それはオギャ~と生まれてから、保育園、幼稚園とスクスク育ち、小学校に行く頃には隣のあの娘が気になり出して、中学では丈の短いやら長いやらの制服を着込んだり(地域により異なる)、盗んだバイクで走り出してこっそり元に戻したり、そんな事もあったなぁと、地元公民館で成人式を迎える月日でもあります。人によっては成人式でも走り出します。お久しぶりです。初代店長の佐藤です。
グッドマンが20年という月日を重ねられたのは、秋葉原という特異な場所にも関わらず出演頂いた勇気ある破天荒なアーティストの皆様と、それを観に来て頂いた海のように深い愛のあるお客様のおかげです。本当にありがとうございます。この度、池尾店長から「2周年の思い出を語れ」と胸元をグィ!と掴まれたので泣きながら原稿を書いております。貴重な体験をしたグッドマンでのお仕事は、私の人生の中で記憶に残る忘れられない思い出です。
さて、2周年を迎える事が出来たこの頃、スッカスカのスケジュールも少しずつ格好が付いて来て、なんとかやって行けそうだ。社長にも怒られなくなったし。と、店長を続ける意欲がほんのり沸いて来た時期でした。出演バンドのご紹介で新しいバンドさんとの出会いを重ね面白いイベントも増えました。それに伴い打ち上げ増加による酒・摂取量も急増、うれしい悲鳴と肝臓の悲鳴を交互に聞いていた時期だったと記憶しています。今でこそ秋葉原はウザイ位に飲み屋がありますが、この当時近くには「庄屋」一軒のみで、お勤め帰りのお父さん仕様だったものですから23:00位には閉店。打ち上げする場所として当時の店長に交渉し、営業時間の延長をお願いしてようやくライブハウスらしい流れが出来た時期でもありました。
この頃のアニバーサリーは、お祭りという事で特別に出演依頼をお願いするアーティストの方と、毎月出演されている、親兄弟よりも顔を合わせている濃厚バンドマンとのブッキングでバカ騒ぎをさせて頂いてました。私の担当は勿論、濃厚出演・毎回打上げバンド担当でしたので、アニバーサリー後半になる頃にはレバーの辺りが効いて来たのか、昼ごろ起きますと子羊のように若干震える事もありました。しかし、この打上げで皆さんと共有した時間を「種」として楽しいイベントを作る事が出来ましたし、バンドマンもぶっちゃけトークで始発電車まで熱く語ってもらった記憶がございます。「佐藤さんのあの言葉は、今も印象に残っている」と、たまにイイ話をするようですがめっきり覚えて無い事もあり、深い時間帯になりますと「もう一人の佐藤が降りてくる」とは、いまだ誰にも言えておりません。
この頃20代だった皆さんも、今ではお父さん、お母さんになられているでしょう。
天才ブルースハープ少年・太郎君もかっこいい青年になってますし、今もご活躍されているアーティストの方も沢山いらっしゃいます。この頃の皆さん元気にやってるかなぁ~。たまにはグッドマンにメールください!という事で、佐藤の雑談は3周年に続きます。

20周年企画<CLUB GOODMAN 3rd ANNIV.>

はい、三回目!前回に続きex:店長「佐藤」さんからのコメントです。

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時は1999年。2000年問題が危惧される時、3周年を迎えるグッドマンも大きな変化があります。これまでグッドマンの立上げに尽力頂いたプロデューサー兼ブッキングの濱田氏がこの場所を去ります。この当時を知る方はご存知かと思いますが、濱田氏はもともと下北沢251で店長?ブッキング?をされていて、その後にグッドマンに来て頂いてます。さらにこの後、吉祥寺プラネットKの立上げにも携わります。この頃には「立上げのハマさん」と言われます。

オープン当初「濱田氏以外、全員素人。」というキャッチコピーで始めたくありませんでしたが始まってしまい、それから3年。これまで濱田氏に教えて頂いた数々の悪いお手本をかなぐり捨て(笑)、がんばろうじゃないか!と鼻息も荒くスタッフ一同結束していた時期であります。オープン当初は素人だった音響と照明も、プロの技術屋さんにこってり絞られ、3年経ったこの頃には出演者に応えられる腕を身に付け、いつの間にか信頼を寄せる存在となりました。

さて、3周年の内容はと申しますと濃い~イベントばかりです。一つ一つ、日頃のお付き合いの中で作られた思い出深いものばかりです。スペースの都合、それぞれに触れられませんが何か一つ挙げるとしますと、最終日「ガ・ラスカラス」さんの企画ですね。記録的動員にも関わらず当時ステージ前に柵が無かったんですね。スタッフがステージ前でお客さんに背を向けながら床モニターを押さえるという緊張感満載の事態(汗)。振り返りますと当時押さえてくれていた平沢君と、もう一人のスタッフには申し訳無かったなぁと感じています。
そのもう一人は、後のグッドマン名物「ブッキングも出来る○○○」と言われた男。
今関治/通称:Imaze-kingです。入社したばかりの初々しい時でした。

こうして一つの区切りとなった3周年ですが、この時期に関わって頂いたバンドさんは、
その後も長きに渡ってお世話になっており、今でもご出演頂いている方々が沢山おります。
オープン当時、濱田氏が「まず3年だね。初めの3年はとても大事だよ!」と力説しておりましたが具体的に何が3年なのか、彼の背中からは読み取れずに去って行かれました(笑)
しかし、素晴らしい演奏とそれを観るお客さんの笑顔。それを横からちょいと眺めた時、
「コレ観たくてみんなで3年頑張って来たんだな。」と胸が熱くなった記憶があります。

この3周年ポスターも改めて眺めておりますと、迫り来る締切に向け3日泊りがけだった事を思い出しました。すべてが完成した4日目の夜、いつものように打上げに誘われ「いざ!行かん!」と思いきや、足の匂いがあまりにハードコア過ぎる為、トイレの消臭スプレーで若干ポップにしようとした所、むしろオルタネイティブになった記憶が蘇りました。そんなつまらん思い出も今となっては良い思い出です。 長文お付き合いありがとうございました。佐藤

20周年企画<CLUB GOODMAN 4th ANNIV.>

さて、週明け月曜日雨もシトシト、中々暖かくなりませんね~。
前回まで佐藤さんのコメントだったのですが、
また一言で続けていきます。

4周年!ちょうど2000年ですね。
僕はもうPAやってたかな~、この後も長い付き合いになる「ザ・クルブシーズ」、
「bellytree the distortion」とかの名前も出始めましたね!
今年結成20周年イベントが決まっている、「マーガレットズロース」も!
けどこうやって見ると、まだ続けている人もいっぱいいますね~、嬉しいことです。

池尾

20周年企画<CLUB GOODMAN 5th ANNIV.>

1周年から振り返る企画。今回は5周年です。

みなさんこんにちは。音響、照明の佐藤マサミです。
振り返るとわたしも2周年イベントが終わった年の9月にグッドマンに入ったものでずいぶんとおります。
まだいたのか、という声も聞こえてきますが。。。
5周年の頃は先輩PAのタカさんがフリーランスとしてやっていくのに退社していたときで、
私もPAをやるようになってワタワタしつつ、なんとか慣れてきたかな~ なんて頃だったような。
茶番ワンマンから始まり、ほとんど連日でお祭りのイベントが繰り広げられてました。
もうヘトヘトで毎晩のビールで体力つけてました。
この場を借りて、ご出演いただいたみなさまありがとうございました。
しかしサンボとか出てましたね~ ムーチーズもよかったなー

いろいろ思い出しつつ6周年へ続く~

20周年企画<CLUB GOODMAN 6th ANNIV.>

世間様は三連休明けで、皆様お仕事にお忙しいことでしょう。
今回は6周年、2002年です!

前回、続く~なんて書き終わりだったので、マサミが書くかと思いきやまた池尾です。どもども。

お~、パニスマ10周年はこの年だったのですね。
パニスマ、ナツメン、ナンバガなんて贅沢。
そして、nontroppoの名前も。
そろそろ、15周年選手たちが出てくるかと思いきやまだでしたね。
ビイドロの写真も若いな~。

そして、現ブッキングマネージャー鹿島さんの写真がww、ほとんど変わってませんね。
なぜか、鹿島さんがひたすら載ってる手作り風カレンダーが旧事務所に飾ってあったのを思いだしました。
皆様はご存じないというか、関係ないというか、事務所は昔同じビルの4Fにあって、2Fに引っ越したんですよ。
あとこれも関係ないですけど、グッドマンの場所は元々写真スタジオだったというお話です。

だいたい書いてある、問い合わせ先が電話番号だけですもんね、メールとかあんまししなっかったのかな。
無かったのか????

最終日にボーンズと残像カフェがタイバンってのもびっくりですw

次回は7周年、きりきり舞い中の川崎さんコメントです!!

20周年企画<CLUB GOODMAN 7th ANNIV.>

お世話になっております。
バー担当のマッコイ川崎でござります。

2003年4月入社のわたくし。アニバーサリー初日は遠藤ミチロウ氏、
fOUL、PANICSMILE+向井秀徳氏、という今でも激アツなメンツ。
その中でも特にパニスマは前衛的で全く理解出来ず、非常にとまどった記憶が…(笑)。
そしてその中心人物・吉田氏が職場のブッキングで先輩だった事は、
その後自分の音楽人生において、かなり大きく影響されましたね…
(因みに吉田先輩から「コレを聴けぃ!」と最初に貰ったCDは、
泣く子も黙るオクムラユウスケ御大の『大行脚』でした・泣)。

あと忘れられないのがアナログフイッシュの「バタフライ」─純粋に楽曲の素晴らしさだけに、
ただただ感動して涙したのは、この時が初めてでした。

という訳で当時、美学系とニューメタル(失笑)しか聴かなかった私でしたが、
グッドマンに入ったお陰で、オルタナ、プログレから歌ものまでジャンルなぞ関係なく、
幅広く聞けるようになったのであります。

今回挙げた2バンドとも現役バリバリってのは、やはり嬉しいですね!

8周年に続く

20周年企画<CLUB GOODMAN 8th ANNIV.>

はい、バトンキャッチ!!
8周年来ました、どーも、PA照明の西塚ジョンです。
12年前の2004年は僕がこのグッドマンに入った年であります。
トピックとしましては、初日からあだ名がジョンになりました。

入ってまもなく初めてのアニバーサリースタートというわけで、このポスターかなり覚えています。

グッドマンに勤めて、知らなかった心に響く良い歌を歌うバンドにも沢山会っていますし、
オルタナの洗礼も受けています(笑)それは、12年経った今でも、現在進行形です。

この年に出演しているバンドで、今もなお続いてるバンドは、
ちょうどやり始めた時期だよ~なんて、話もちらほら聞きますネ!
ここから今も形が変わったりしても、ずっとつながってるんだなぁと思うと、胸がアツい感じがします。

終わりなんてないぜ~!!

20周年企画<CLUB GOODMAN 9th ANNIV.>

やってきました9周年、今回も池尾です。

ここら辺まで来ると、結構グッドマンっぽいよねって言われてきたくらいですかね?
内容を見ると、前店長「浪さん」のキャラがたってきたような(翌年炸裂しますが)
今関さんはいなくなってるのか~。という事はマサミもいないのか??
勇さんもいなかったのか??ん?誰がいたんだ?(笑)

そして名物企画「月曜なのに満タン!?」福岡からオオクボ-Tを呼んでますね、これはよく覚えてます。
オオクボさんにはグッドマンのWEB改修のときに、キャラクターデザインをお願いしました。
素敵なキャラをありがとうございました!

nhhmbaseの企画は「AMAZON SALIBA」、「テニスコーツ」、「イルリメ」って今聞くとすごい面子だな。
当時から一味違うバンドでしたね~。

まぁ、当たり前の話ですが、その時のブッキングの人によってだいぶライブハウスのカラーが変わりますよね。
「グッドマンって変わんないよね」って良い意味でも言ってくれる方も多いのですが、
こうポスター振り返りなんてしてますと、言ってもだいぶ変わったねと思います。
今年の20周年は皆様にどう映るのでしょうか。

そして、次回はいよいよ10周年の回!!
お楽しみに。

追記:本日バーで働いていた「つぐみ」ちゃんがお子さんと遊びに来てくれました。
みんな頑張ってんだな~と、俺も頑張るぞ~~~~~。

20周年企画<CLUB GOODMAN 10th ANNIV.>

なぜ、記念すべき10周年にお前が登場して来てるのか?
とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、ちゃんと理由があるのです。
それは、正に10年前のこの年に僕がグッドマンに入社したからなんですね。
その前の年2005年の年末に前ブッキングマネージャーのパニックスマイル吉田氏から呼び出され、
「後を引き継いでブッキングの仕事をしてくれないか」と相談されまして、
ぶっちゃけ、個人的にひどい精神状態の時期でして「ああ、そうか。そろそろ全ての潮時か。
もう夢を見てバンドなんか続けてる時代は終わったのだ。もう全部諦めて生活を仕事にシフトしよう。
そうやって死んでいこう。」という様な我が中二病最後のひと時だったんです。

しかし、(精神的に)一度死んだ様な状態が良かったのか、グッドマンに入ってからは
自分でも180度変わったんじゃないかと思うワケです。変わったというか開き直ったって事でしようか。
そもそもブッキングなんかやった事ないですから、まずは大雑把なブッキングの仕事っていうのが
どういう物かを考えまして、”毎日のスケジュールに出演者を決めて利益を上げる”って大雑把に言うとこういう事ですね。
つまり、この範囲内なら好きな事やっていいと解釈しました。
この10周年のアニバーサリーで鈴木慶一さんに出て頂いているんですが、
(言わずとしれた日本の有名なロックバンド”ムーンライダーズ”のボーカリストの方ですね。)
このイベント、僕のグッドマンに入っての初仕事なんです。
2005年の年末イベントから出社して、年が開けるとすぐに5月のアニバーサリーの企画会議が始まるんですが、
その席上で当時店長の佐藤さんから「カシマくん誰呼びたいですか?」と聞かれて、
「僕、ムーンライダーズとか好きなんで、ムーンライダーズ呼びたいです。」って言ったんですね。
なんの考えもなく。そしたら「面白いから呼んで下さい。」って事になって、
ムーンライダーズのオフィシャルHPから「グッドマンの10周年なんですが、出て頂けないでしょうか?」
とメールしたんですね。(僕はこの仕事につくまで割と人見知りなところがあって、
更に尊敬しているミュージシャンの人等となんかマトモに話せないって感じの人間だったんですが、
なんといいますか前提に”仕事”というのが着くと意外とグイグイいけるなという事に気づきまして)
そしたら、メールが帰って来まして出演してもらえる事になったんです。
これが全ての始まりですね。この時、慶一さんの事務所の方から返信がなかったら、
やっぱりダメだなと思ってこの仕事面白いと思っていなかったかもしれません。

で、ブッキングの仕事やってみたら、若い苦悩してるバンドマンの話を聞くのは(いろんな意味で)面白いし、
自分の失敗談は仕事の為の重要なネタにはなるし、観たいミュージシャンは呼んじゃったらいいし、
ダメなバンドを観る事なんかも自分のバンドへのフィードバックになるしで今まで
「人間は働かなきゃ生きていけないなら死にたい…」なんて思っていた僕が
今日の今日まで朝起きて仕事行きたくないなと思った事がない程になったのです。
これは、ホント自分でもビックリです。天職だったのでしょうかね。

というワケで、このグッドマン10周年の年は自分の人生の転機としても結構重要な年になったのです。

グッドマン20周年
ブッキング生活10周年
あと何年考え続けたらいいのかと思うと恐ろしくもありますが是非皆さん遊びに来て下さい。

ブッキングマネージャー 鹿島