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カ:あのさ、自分の表現の根源にある物はコレなんだっていうことをズーっと作り続けてると、そこに到達するじゃん。
最初はただ好きってだけでやってたことがアイデンティティになりポリシーになり、それさえ入ってればオレの作品なんだっていう自信にもなってくるし、その為にオレはやってるんだっていう指針にもなってくる。
だから、そこに全てがあるっていうのはすごく分かるんだよね。
ゆ:例えば、今日、地震がありました。
戦争がありました。
人がたくさん死にました。 逆に友達に子供が生まれました。
そういう良いことも悪いことも好きなことも嫌いなこともひっくるめて、「空が青かった」・・・て言葉に、集約出来ないかと。
カ:おお!・・・(笑)それをやろうとしている。
ゆ:ただ、それは完成しないんですよ。
僕が歌の中で空が青かったって言ったとしたら、その瞬間だけはそのフレーズの中に全てが集約されてて欲しいという・・・。
カ:願いだ。
ゆ:そうです。
カ:お〜、難しいところに入って来たな〜。
いや、多分ね・・・ここがゆーきゃんのスゴイところで・・・いきなりそこを言う人はいるんだよ。
「僕が空が青かったっていうことは、全てがそこに集約するってことです」ってことをいきなりね。
ホントは、そこに行き着くまでのプロセスがちゃんとあってっていうか、そのプロセスの方が大切で、「その結果が何だか分からないけど空が青かったってことに集約されてしまったんですよ。」ってことじゃない。
プロセスが重要で最終的にはワケの分からないモノになってしまいましたってことを説明出来る人はあんまりいないんだよね。
そこがゆーきゃんのリアルさと同時に持ってる儚さだと思うんだよね。
だから、すごくリアルだと思うし、説明しようとしたら全部説明つくと思うんだけど、そこを最終的に説明しないところに落とし込むっていうのは、やっぱり俳句とか和歌とかに近いよね。
ゆ:すべてを説明しようとしたら、小説にしちゃった方が効果的だし機能的だし正しいんですよ。
それを歌にするっていうのは、まとめる必要がないてことなんですよ。
カ:つまり、体験したことや考えたこと、感じたことを「空が青かった。」ってことに落とし込むってことが歌にするってことなんだ。
ゆ:そうゆうことだと思います。
カ:あ〜、スゴイな。
音楽を作るってことと歌詞を作るってことは、オレ個人としては別々のモノなのね。
別々のパーツを組み合わせて音楽になってるって考え方だったんだよ、今まで。
一緒なんだね、そうすると、音楽を作るってこととやるってことと生きるってことと生活するってこととが全部「空が青かった。」に集約されればいいってことなんだ。
ゆ:そうですね。
カ:スゴイですねー、それは〜。
ゆ:でも、難しいですよ。それが上手くいく瞬間と上手くいかない瞬間とありますから。
カ:上手くいかない瞬間も作品として出しちゃってることもあるの?
ゆ:上手くいかないモノも引用として出してる場合もありますね。
カ:それはどうゆう落とし所っていうか・・・どこでOKにしてるの?
ゆ:う〜ん。
カ:上手くいかない事もあるっていうのが現実というか?
ゆ:何度もやり直すわけですよ。昨日ダメだったから今日は上手くやろうという。
カ:やっぱ、ドキュメントに近いんだね、ゆーきゃんにとって歌を作るって。
ゆ:そうですね。
カ:日記とかに近い。
ゆ:日記と違うのは、例えばビールを飲むじゃないですか、ビールを朝飲んだ、昼飲んだ、夜飲んだ。
恋人と飲んだ、友達と飲んだ、上司と飲んだ。
「私が何をどうした」っていうその一行に近いです。
今日、こうゆうことがあって、こう思って、明日こうしようという日記ではなくて、「何をどうした」っていう一行に近いです。
カ:はあはあ、その一行に全てが入れられるかどうか。
ゆ:それ以上あまり言いたくないという感じですね、歌の中では。
カ:説明したくないってことか。説明すると陳腐になる?
ゆ:説明すると歌である必要がなくなるんですよ。
カ:ああ、そうか。そういうことか。そうだね。
・・・ふーむ。話がどんどん哲学的な方向に来ていますが、来月も更に突き進みます。
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