| カ:観てた人の反応は?
ゆ:観てた人のことは憶えてないです。
カ:それは別にいいんだ。自分がやってみて、それに対する評価みたいな物はあんまり重要ではない?
ゆ:その時は重要ではなかった。 もちろん、その後に、クセのある歌い方なのでそれが人の好き嫌いにダイレクトに触れるっていうことは実体験で分かってきたんですけど。でも、そんなことは問題じゃなくて、自分が正しいと思うかどうかですね。
カ:その正しいっていうのは、その歌い方にすると自分が気持ち良くいられるってこと?
それとも、この歌い方だったんだっていう確信みたいなものがあったの?
ゆ:うーん、さっきの話に戻ると、何か分からないけど、自分の中にある表現したい筈の事により近づくのはこっちだってことですね。
カ:なるほど、それがしっくりして来たってことか。
ゆ:自分に出来ること、自分にとって正しいことっていうのに立ち返るってことの方が大事なんですよ。
あの、優れた作曲家ってビジョンの様に音楽を作れるじゃないですか。メロディーがあって、そこにどうリズムがあってアレンジがあってって一枚の写真の様に音楽を作れるけど、僕はそれは出来ないけど、何か確かな点を打つことは出来るんだっていう。
生きているっていうことの中で感じる自分にとって正しいことである何か。
例えば、おばあさんに席を譲る事とか、いつも、朝は決まったカフェオレを飲むとか、何かは分からないですけど、そうゆうことと一緒だと思います。
カ:なるほど〜、そうなんだよな。おばあさんに席を譲るってことと朝のカフェオレってことが同一線上にあるってことなんだよね。
ゆ:自分の感覚ってみんなあるじゃないですか、自分にとって正しいっていうか・・・ジャストなことが。
カ:ジャストね。でも、それって最初から選べた?
ゆ:いや、選べなかったから試行錯誤しました。
カ:でもさ、試行錯誤はしてたけど、今の話だけを聞いてると、なんかその形に執着はしてないじゃない。
例えばバンドをやりたくてバンドは組んだけど、なんか違う。じゃあ、バンドじゃなくていい。
でも、なんか人って形に執着すると思うんだよ。
バンドがやりたかったら、何とかしてバンドをやろうという方に神経が行くっていうか。
しっくりこねぇなって思っててもなんとかバンドを続けたいって思っちゃうていうか、そこが潔いっていうか、無いってことはないと思うんだけど、なんか選べる。
ゆ:ミュージシャンじゃないからじゃないですかね?
カ:は〜、そこに繋がるんだ。元から音楽をやるフォーマットはどうでも良かった?
ゆ:音楽はやっぱり好きだったので、そして、バンドがやりたかったので執着がなかったワケではないんですよね。
それこそ、しょうがなかったというか。そうしないと間違った服を着ていることになる。
カ:分かるよ。でも、間違った服でも着たいって思う場合もあるじゃん。
ゆ:ありますよ、その感覚はあるんですよ。
カ:その中でも選べる?というかこれは違うなって思ったらすんなりそっちに行ける?
ゆ:いや、結構その時は必死でしたよ。コレじゃない、アレじゃない。探してやっとこれだって思ったんです。
・・・うーん、やはり、やりたいこととやれることは別なんだなー。その中でどうやるか。これが個性になるのか。
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